ただ──。

「千人計画で引き抜かれるエリート研究者よりも、ずっと中国に住んでいる平凡な研究者のほうがお金持ちなんですよ」

 中国の大学に勤める日本人研究者は話す。月給だけなら海外帰りのスター研究者のほうが一桁上でも、資産の点ではそうではない。中国国内の一等地にマンションを所有するベテラン教師にはとても勝てないのだとか。彼らの多くは何十年も前にマンションを手に入れているが、福利厚生住宅という名目で市場価格の数分の一で購入できたので、元手もかかっていない(この制度は十数年前に廃止された)。ベテラン教員は研究レベルは二流でも、保有資産は一流というわけだ。

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『ピークアウトする中国』(梶谷懐・高口康太、文春新書)

月収を上回る住宅ローンを組んででも…

 教員だけではない。価格上昇初期に不動産を購入できた人は、今ではみなが資産家だ。忘れられないエピソードがある。数年前、深圳市でタクシーに乗った時の話だ。おしゃべり好きの運転手が身の上話をし始めた。もともと人民解放軍の兵士として駐屯したのが深圳生活の始まりだった。除隊後、小さな左官屋を始めた。建設ラッシュに乗って仕事は拡大し何人も人を雇うようになったが、次第に競争が激しくなり、素人経営では太刀打ちできなくなり、会社を潰してしまった、と。今はタクシー運転手で日々の生活費を稼ぐのがやっとです……との言葉に、なんと返事をしていいのかわからず、しばらく沈黙の時間が続いたが、運転手は窓の外を指さして言った。

「高層マンションがあるでしょう? あそこに自宅があります。2部屋買いましてね。自分用と息子夫婦用です。価格ですか。今は1部屋2億円ぐらいかな(笑)。買った時の何十倍になりましたよ」

 しんみりとした空気からのどんでん返しに思わず吹き出しそうになった。

「房奴(ファンヌー)」(住宅ローン奴隷)なる言葉が流行語となったのは2007年のこと。毎月の返済額が世帯収入の過半を超えるという、無理な住宅ローンを組んだ人々を指す。50%どころか、月収を上回るほどの過酷な返済計画で家を買ったというエピソードもしばしば伝えられた。こうしたニュースは「非理性的な住宅購入はやめましょう」というメッセージとともに報じられていたが、現時点で評価すれば「房奴」は勝ち組である。当時は無茶な買い物に見えたかもしれないが、不動産価格はその後安定して値上がりし続けた。無茶だろうがなんだろうが、早く買えば買うだけ得だったのだ。

 中国不動産市場は2021年後半を境に下落し、今なお低迷が続いている。もう黄金時代は戻ってこない……との認識は広がっている。では不動産が生んだ「チャイニーズドリーム」はどのように変わっていくのか。後編でお伝えしたい。