デリケートな題材ゆえの苦労

 脚本の執筆には3~4年を費やした。「記者は自殺の報道について主観的なことを書けず、真似をする人が出ないよう慎重になるもの。けれども私はクリエイターとして、あくまでも主観的に書きたいと思いました」という。しかし、それゆえの苦労はあった。

 

「この問題をどんな姿勢で、どのような考え方で描けばいいのか。個人的にいろんな感情があるので、書きながら泣いてしまうこともよくありましたし、デリケートな題材ゆえに観客を傷つけるのではないかと怖くなったこともあります。しかし最も難しかったのは、それでも観客を引きつけて離さない物語を作ること。自分がどう感じるかだけでなく、観る人が共感でき、没入できる物語にしなければいけないと思っていました」

“超学歴社会”といわれる香港

 こうして誕生したのが、教師チェンの現在と過去を同時に描くことで、やがてひとつの真実が明らかになるストーリーだ。ミステリー映画のごとく緻密な構成に、自殺に関連する社会的なテーマを織り込んだ。

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「教育のプレッシャー、子どもたちが常に周囲と比較される文化、メンタルヘルスに関する人々の考え方、家族で男性だけが権力を持っていること……。これらの問題をすべて扱いながら、観客に納得してもらえる物語にするのは至難の業でした」

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 ときに“超学歴社会”といわれる香港では、学業の成績が将来を左右するという考え方が根強く、進学をめぐる競争がますます激しくなっている。その一方、社会全体でメンタルヘルスのケアが追いついておらず、うつ病の罹患者が多いことも指摘される。個人の悩みや苦しみが「弱さ」として受け止められてしまい、正しく対処されない傾向も強いという。