ディズニー映画『アラジン』は子供から大人までたくさんの人の心を掴んで離さない、不朽の名作です。2019年には実写化も実現しその現代性に話題が集まりました。なかでもアラジンとジャスミンが空飛ぶ絨毯に乗って夜の世界を巡るシーンは、名曲「ホール・ニュー・ワールド」とともに珠玉の名シーンとして我々の記憶に刻まれています。

 そんな名作映画に心を鷲掴みにされた小説家が、昨年第31回松本清張賞を受賞し『イッツ・ダ・ボム』でデビューした井上先斗さん。グラフィティ(路上落書き)をテーマとした本作で気鋭の犯罪小説家と目されるようになった井上さんですが、今月発売の第2長篇『バッドフレンド・ライク・ミー』には『アラジン』へのオマージュが込められています。井上さんが独自の観点から『アラジン』の魅力を綴るエッセイをお届けします。

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空飛ぶ詐欺師の物語

 小学校の高学年から中学生くらいまで、『アラジン』のジーニーのクッションを枕代わりにしていた。

 立方体で、各面にジーニーの顔が縫い付けられているやつだ。ジーニーがサイコロに変身してくれたみたいな雰囲気があるのが良かった。面ごとに表情が変えられているのがまた素敵だ。口を開けたり閉じたり、眼を見開いたりウィンクしたり。しかし、どの面も笑顔だった。

 ディズニーシーのお土産だ。家族や友達と行くと必ずアラビアンコーストでグッズを吟味していた。ジーニーのマグカップも愛用していたし、宙に浮く魔法のステッキなんかも買った記憶がある。

『アラジン』が好きだった、というよりも、自分は『アラジン』が好きだという意識だけがあった。もっと幼い頃に観ていたことは確かだけれど、粗筋は正直うろ覚えだった。

提供:PantherMedia/イメージマート

 そのせいか成長していく中で『アラジン』からは、ぼんやり離れていった。形を崩して潰れたジーニーのクッションは、ベッドの上に転がったまま、足置きになった。