30歳まで無職だった経歴をもつ、WEBメディア『オモコロ』の人気ライター・ディレクターのマンスーンさん。大学卒業後、周りの友人が次々と就職していく中、彼はなぜ無職になり、何を感じながら日々を過ごしていたのか。

 当時の赤裸々な暮らしぶりと、ライターになるまでの道のりを書いたエッセイ『無職、川、ブックオフ』より一部抜粋して紹介します。(全3回の2回目/最初から読む

写真はイメージ ©yamasan/イメージマート

◆◆◆

ADVERTISEMENT

留年を重ねるにつれて怖いものがなくなった

 3回目の1年生。(は?)。2回目の留年が決まったとき、母親に電話をした。緊張のあまり小声になる。そのとき出せる一番の声量。空気が多く交じった声。あっ……あの……実は……また留年をしまして……。沈黙。世界で一番長い沈黙。世界中の人が動きを止めて。動物たちは息を呑む。言葉。言葉が。何でもいいから言葉がほしい。

 時が動き出す。母親は笑っていた。その裏にどんな感情があったのかは今も聞けずにいるが。たしかに笑っていた。いつも優しい母は笑うしかなかったのかもしれない。もしかしたら自分を守るために記憶を改ざんしているのかもしれないけれど。そういうことにしておく。そういうことにさせてください。

 そうして何も成し遂げられないまま一人暮らしは2年目。大学の講義にはある程度ちゃんと出席していた。なにか大きな変化のきっかけがあったわけではない。留年を重ねるにつれて自然と怖いものがなくなっていたから。どんなときでも落ち着いていられる性格になっていたから。

 いまだに単位が取れていない基礎の講義にも堂々と出席した。とある講義では希望に満ち溢れた新入生たちと一緒にグループも組んだ。グループの人たちは僕も同じ年に入学したと思っているので、それがバレたとき少し気まずかったが「ちょっと理由があって……ははは……」とごまかしつつ、担当の教授がどんな風に試験をするのかなどを教えてあげた。まるで自分がループ物アニメの主人公になった気分だった。